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東京地方裁判所 昭和35年(レ)254号 判決

控訴人 浅草信用金庫

被控訴人 今井治子 外二名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人等は、控訴人に対して、それぞれ金五四八円及びこれに対する昭和三四年一〇月七日から支払済みにいたるまで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し、それぞれ金二七、五一四円及び内金一一、八一〇円に対する昭和三二年一〇月八日から支払済に至るまで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに金員の支払を求める部分について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張及び証拠関係は、控訴代理人において、「原審においてした第一次的請求は撤回する。控訴人金庫の退職給与金支給規定第四条を死亡退職の場合に適用しないと解するときは、普通退職の場合は勿論、不都合な行為によつて生前退職する場合に比べて著しく権衡を失し、正義に反することになる。従つて、右規定は、死亡退職の場合にも類推適用すべきである。なお、本規定によつて支給する退職金の性質は、積立金による賃金的なものではなく、使用者の報償的なものであるから、労働基準法にいわゆる労働者の権利に属する金品ではない。従つてこれと相殺することができる。」と述べたほかは、原判決事実欄に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所の判断は、次のとおり訂正附加するほかは、原判決理由中の判示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人は、退職給与金支給規定第四条の適用を生前退職の場合に限りみとめることは、普通退職並びに不都合な行為による生前退職の場合に比べて権衡を失し、正義に反することになる、と主張するのでこの点について考える。右退職給与金支給規定第四条には、「不都合な行為により退職したものに対しては、退職給与金を支給しない。」と定められており、その文理解釈上、退職事由が、「不都合な行為があつた」という場合を指すものとみるべきであつて退職事由が死亡という事実である場合は、死亡という退職事由の発生によつて、すでに退職金を支払うべき債務は具体化しているのとあるから、その後に至り、生前の不都合な行為が発覚したからと云つて、すでに具体化した退職金請求権に影響を及ぼすものとは考えられない。退職金については、使用者において、就業規則等により自由にその性格内容を定めることができるのであるから、不都合な行為がありながら、懲戒解雇前に死亡した場合について特別な取扱いを規定することができる以上、特別な定めのない控訴人金庫の右退職給与金支給規定において、死亡によつて退職した場合には、不都合な行為があつても退職金を支給しなければならないと解しても、正義に反するものということはできない。このことは、死亡退職の場合に限らず、生前退職の場合であつても、退職事由が「不都合な行為」にあるものでなければ、かりに退職前に不都合な行為をしていたとしても、退職金を支給しなければならないことを考えれば、おのずと明かである。

次に、相殺適状の時期について原判決理由中に判示するところは、前記退職給与金支給規定第七条の解釈を誤るものであるから、この点について考える。右条項には、「退職給与金は退職発令の日から三ケ月以内にこれを支給する。ただし権利者の請求があつた場合には七日以内に支給する。」とあり、その趣旨は、退職給与金支払義務は退職事由たる死亡と同時に発生しても、その支払時期は、権利者の請求があつた場合には請求のあつた日から七日目に請求のない場合にも死亡の日から三ケ月経過した日に到来するものと解することができる。従つて、被控訴人らにおいて、前記今井弘太郎死亡後三ケ月以内に退職金を請求した旨主張していない本件の場合、控訴人の退職金支払義務の履行期は、弘太郎死亡の日であること当事者間に争いない昭和三二年七月七日から三ケ月経過した日、すなわち同年一〇月六日に到来したものというべく、このときに相殺適状を生じたものと考えなければならない従つて、この時期における被控訴人らの控訴人に対する各債務、すなわち、昭和三二年七月七日亡弘太郎から相続した金二七、二七六円(同日現在残元金四七、一一三円及びこれに対する昭和二九年一二月四日から同日までの遅延損害金計金三四、七一六円との合計八一、八二九円の1/3)とその内残債務元金一五、七〇四円に対する同月八日から一〇月六日までの間金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延損害金五七二円との合計金二七、八四八円は、昭和三四年二月六日(原審第一四回口頭弁論期日)に被控訴人らのなした相殺の意思表示によつて前記退職金請求権金二七、三〇〇円の限度で消滅したのであるが、なお、被控訴人らは、各金五四八円の元金残及びこれに対する金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延損害金支払の義務を負うものである。そこで、控訴人の再抗弁については、退職金請求権を相殺に供することの可否の判断をまつまでもなく、控訴人の相殺の意思表示のなされた昭和三四年一〇月九日当時すでに被控訴人らのなした前記相殺の意思表示の結果退職金請求権が消滅していたのであるから、この点において理由がない。

よつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人らが控訴人に対して、各金五四八円及びこれに対する昭和三四年一〇月七日から支払ずみまで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延損害金を支払う義務を負う限度においては、正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきである。

以上のように、当裁判所の判断は、右の点で原審の判断と一致しないものがあり、本件控訴は一部理由があるので、原判決はこれを変更することにし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、なお仮執行の宣言については、その必要がないものと認め、これを却下することにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 金子仙太郎 吉田欣子)

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